店主よりお客様へ

ごあいさつ

人形処橋本屋のホームページにお立ち寄りいただきまして誠にありがとうございます。

お客様にとって本当によい人形とは何か、人形に込められた作者の思いや人形にかかわる伝統の技術を皆様にお伝えし、何を求め何を飾ったらよいのかをアドバイスさせていただきたいという気持ち、そして私たちのお人形やお店にかける情熱を、このホームページを通して感じ取っていただければ、これに勝る喜びはございません。

当サイトに掲載の写真はすべて私自身が撮影したものでございます。表情などが分かりやすいようになるべく大きく撮ることを心がけましたが、やはり、人形は実物をご覧いただいてその美しさや魅力を感じていただくことが大事だと思います。当サイトを参考にしていただきながら、購入をご検討の際にはぜひご来店いただきたくお願い申し上げます。
それでは、ゆっくりと人形処橋本屋のサイトを散策してください。


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自己紹介

あらためまして、店主の長谷部宏と申します。昭和30年生まれ、水瓶座、B型。よく橋本さんという名前かと思ったら長谷部さんなんですねと言われます。サラリーマンをしていた私の父と看護婦をしていた私の母が、昭和34年に独立して今の橋本屋を創業しました。当時は乳母車や三輪車を扱っており、太田橋という橋がそばにあったので「橋本屋ベビーセンター」という名前にしたそうです。しばらくして人形も取り扱うようになり、「人形処橋本屋」となりました。


妻と。招き猫のおかげで幾分スマートに見えます。


お節句の時期は夫婦にスタッフが加わり頑張ってまいります。
(中央の方は、人形頭師の川野輪廣文氏です)


インターネット

1996年9月アメリカ大リーグで野茂投手がノーヒットノーランを達成しました。日本人の快挙として当時大々的に報道されました。私がその情報を日本のテレビニュースより早く知ったのがインターネットでした。
当時普及し始めたインターネットに初めて接続したその日、従業員も呼んで「インターネットはこんな感じだよ」と説明しながら橋本屋のパソコンで初めて映し出した検索サイトの項目の中に、この快挙の事が伝えられていました。当時はインターネットに接続するのに高額な電話代がかかるので、閲覧後はすぐに接続を切るのが普通でした。そんなとき偶然にもこの大事件の事が伝えられていたのでした。


当時はこんな感じのパソコンでした。

野茂投手がアメリカに渡って野球をやっていることは知っていましたが、まさかこんなノーヒットゲームなど最初は冗談か何かの間違いでは?と思っていたのですが、数時間後にテレビのニュースでこの事実を知った時に、インターネットの無限の可能性を感じることになりました。
早速ホームページ制作の勉強に取り掛かり、約1か月後に簡単な人形処橋本屋のホームページが出来上がり現在に至っています。


2000年頃の人形処橋本屋のHP。

いつもそうですが新しいホームページができた時は内容の更新さえすれば永久にこれでいいと思うのですが、時代がそれを許してくれません。機器の能力の増大・画面の解像度の増大・スマホで閲覧される方の増加などにより、それまでのページでは対応できなくなり、やむなく新しくせざるを得なくなります。その間には記述言語のルールの変化もあり、新しいサイトを制作しようとするとまた何かしら勉強する必要が生ずるのです。
PC、スマホ、タブレットなどいくつかの機器で動作を試してはいますが、全ての環境で正常に動作しているとは限りません。閲覧していただいているお客様の中にはうまく見えないとか動かないとか何かしら不具合が発生している可能性もございます。もし不具合がありましたら 問い合わせページ からご連絡いただけると大変ありがたいです。